脳は親性も育てる

1 道徳脳の解明と道徳教育への応用

 脳科学は、これまで実験的研究と理論的研究とが常に密接な相互作用をしながら発展を遂げてきた。日本学術会議の一昨年九月の提言「脳科学における国際連携体制の構築」によれば、世界の先進国は「脳科学が、様々な技術や概念の革新に支えられて、爆発的な発展期を迎えているという共通認識」を持っているという。


 アメリカはオバマ大統領の主導によって、脳科学研究プロジェクトに45億ドル(約五百億円)を投じる計画で、欧州連合では脳の神経回路モデルを構築するプロジェクトが10億ユーロ(約千二百億円)の予算で開始されている。日本でも脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトが約四百億円の予算で開始されているが、欧米の予算規模には及ばない。


 伊勢志摩サミット(第42回先進国首脳会議)に先立って開催されたGサイエンス会議において、脳科学研究の柱として、「脳科学の方法と成果を社会・行動科学と統合することによる教育・生活マネージメント改善プログラム」に取り組むことが確認された。


 脳科学研究によって、道徳の基盤となる情動、感性、心情や「こころ」、認知機能、道徳的判断力・実践意欲等の解明が期待されるが、情動については大脳辺縁系の「感性脳」、「こころ」の解明については、行動選択における大脳皮質一基底核一視床グループの解明が鍵になる。


 まず脳イメージング技術等を駆使して、記憶、情動、感性、意思決定、価値判断等の道徳教育に深くかかわる脳の基本的機能の作動原理を徹底的に解明し、さらに脳の創発的高次機能がどのように生み出されるのかを明らかにする必要がある。


 そこで、日本学術会議は国際脳科学フロンティア計画による国際連携プロジェクトの実施について提言しているが、このような国際連携を推進しつつ、Gサイエンス会議を踏まえて「脳科学の方法と成果を社会・行動科学と統合することによる」道徳「教育改善プログラム」に取り組むことが求められている。

 

2 脳科学が「親性」も育つことを立証 ~「共同養育」と「生理的早産」~

 ところで、道徳教育の土台である子育てに関する脳科学研究の科学的知見について、NHKの「クローズアップ現代」がシリーズで取り上げ、大きな反響を呼んでいる。


 虐待死事件を契機に、政府・与党は児童福祉法と児童虐待防止法の改正案に体罰禁止を盛り込み、児童虐待罪の新設、民法の懲戒権の見直しなどを検討しているが、親子の脳や子育てに関する脳科学研究の科学的知見に基づく情報を一刻も早く保護者に提供する必要がある。


 渡辺京二が『逝きし世の面影』(平凡社)で紹介している江戸期の日本の子供たちが、笑顔にあふれ外国人から世界一幸せな子供に見えたのは、母親のみに依存しない「共同養育」が存在していたからである。


 この「共同養育」の崩壊が今日の児童虐待の文明的背景といえる。虐待が子供の脳に与える影響や子育てが父母(男女)の脳や子供の脳に与える影響等についての脳科学研究も世界的な広がりを見せており、様々なメディアが取り上げ注目を集めている。


 国内でも福井大学の友田明美教授が『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書)等を出版し、NHKのテレビ番組で解説している。同書によれば、脳画像技術の進歩により体罰によって、感情や思考をコントロールし、行動を抑止する「(右)前頭前野(内側部)」の容積が19・1%、「(左)前頭前野(背外側部)」の容積が14・5%小さくなっていることが、ハーバード大学との共同調査で判明した。


 ところで、チンパンジーは5年に一度しか妊娠せず、母親は5年間新生児に寄り添い、パンダの母親は誕生した赤ちゃんを3日間なめ続けるという。一方、人類は七百万年から二足で直立歩行するように進化し、毎年出産できるように変化したことにより、育児しながら出産できる仕組みが必要となり、「共同養育」という人類独自の子育て方法を生み出した。


 人間と動物の違いは、人間の赤ちゃんは脳が未熟な状態で生まれてくる点にある。これをスイスの動物学者のポルトマンは「生理的早産」と名付けたが、動物の新生児の脳や睡眠リズムは大人と変わらない。実はこのことがママたちのイライラや育児不安を招いているのである。


 一体なぜ人間の赤ちゃんは脳が未熟なまま生まれてくるのであろうか。それは二足で直立歩行することによって骨盤の形が変わり、母親の産道が狭くなったため、狭い産道が通れるように脳が未熟なまま生まれてくるようになったためである。


 厚生労働省の虐待死の死亡事例の調査結果によれば、加害動機として「泣き止まないことにいらだったため」が60人と報告されている。「泣き止まない」原因は自分にあると自らを責める親が多いが、出産後激しく夜泣きするのは、母親に負担をかけないように夜に胎児の目が覚めるようになっている胎児期の睡眠リズムが誕生後も続くためである。


 脳の発達が急速過ぎるために生後20カ月まで「むずかり期」が続くという科学的知見に基づく情報を伝えれば、「母親失格」と自分を責めているママたちを子育ての不安と孤独感から解放することができる。「子育てがつらいのはあなたのせいではありません」というメッセージが育児ストレスを緩和するからである。


 イスラエルで行われた脳科学研究では、父親が子供と触れ合うことによって、父親と子供の双方のオキシトシン(愛情ホルモン)が増え、父子の絆・愛情が深まることが裏付けられた。


 また、大阪医科大学の佐々木綾子教授らが育児経験のない男女の乳幼児とのふれあい体験調査を行ったところ、育児への積極性が高まり、育児に関与する脳の領域の変化が脳画像上で確認され、「親性」(親になる準備ができているか、育児に積極的かといった性質)は後天的に「育むことができる」ことが実証された。「親になるための学び」の意義が脳科学研究によって立証されたことは極めて注目される。次回から「道徳脳」の核心に迫りたい。


<NO. 155 令和元年6月1日発行より>

 

 

 

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