道徳教育の新たな充実をめざして

 

◆道徳科の課題
 小中学校における「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」(道徳科)として教科化されることによって、年間三十五単位時間が確実に実施されるとともに、子供たちが道徳的価値についてこれまで以上に深く考えるようになり、道徳教育が一層充実したものになることが期待されます。


 この道徳科は「学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の要」に位置づけられ、道徳科の授業においては、これまでの「読み物道徳」から問題解決的な学習や体験的な学習への転換が求められます。ともすれば読み物教材で登場人物の心情を読み取ることに終始して道徳的価値に迫ることが十分でなかったこれまでの授業に替えて、道徳的価値の葛藤や衝突が生じる場面での議論を通して多面的・多角的に道徳的価値を考えます。絶えず「自分ならどうするか」を問いながら、主体的に判断し実行し、他者と共によりよく生きるための資質・能力を養うことが求められます。


 また、「考え、議論する道徳」といっても、多様な価値観を認め合うだけでなく、他者と真剣に意見を交わして、道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めていくことが重視されます。生徒同士の意見を受け止め、交流させて道徳的価値に関する真剣な議論を展開していくためには、教師の適切な指導や力量が不可欠です。


 道徳教育に大きな転換が求められている今日、予想されるさまざまな困難を乗り越えて、充実した道徳授業に取り組むには、教育者である私たち自身が、まず道徳教育の意義についてしっかりした考えを持つことが必要ではないでしょうか。

 

◆道徳教育は教育者自身の人格を磨く絶好の機会
 道徳教育は子供たちの道徳性を培うことが目的ですが、道徳教育に携わる私たち自身にとっても、自らの道徳性・品性を磨く絶好の機会であるととらえることが何よりも重要です。人生は、自己の人格完成をめざす生涯学習のプロセスと、次の世代の人間形成に携わり共に道徳性・品性を高めていく累代教育のプロセスから成り立っています。私たちは「子育てを通して親となる」といわれるように、他者形成に関わり、苦労し、心を砕くことを通して、真に自己形成を成し遂げることができるのです。


 道徳的価値の葛藤場面を通して、時に子供たちと格闘し、共に道徳的価値の理解を深めながらよりよく生きる力を培っていくことをライフワークとする教師ほど、心豊かな人生を開拓していくうえで恵まれた境遇はないといえるでしょう。「他を救うにあらず己を助くるにあることを悟る」∧廣池千九郎∨という言葉がありますが、学校の教育活動のあらゆる場面で、子供たちの幸せを願って低い温かい粘り強い心で一人一人の生徒の心と向き合っていく努力が、途中の困難を乗り越えて、結局は私たち教師自身の人格を磨くことになることを確信して、勇気と喜びをもって道徳教育に取り組みたいものです。

 

 次に、道徳の授業に臨むに当たって、私たち教育者が自分自身の生き方に引き付けて道徳的価値の理解を常に深めていくことが重要です。多様な生き方や価値観に共苦共歓する豊かな共感性も、自己の生き方についての確信を土台として生まれてくるものだからです。学習指導要領には、さまざまな道徳的価値が、主として「A、自分自身に関すること」「B、人との関わりに関すること」「C、集団や社会との関わりに関すること」「D、生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること」に分類され、道徳的価値の細目(徳目)が列挙されています。教師は学校や学級の指導計画に沿って、これらの項目を単独で、あるいは複数を関連付けて道徳の授業を展開するわけですが、明確な目標や願いを持っていなければ、どの道徳的価値をどのように取り上げ学んでいくのか決めることはできないでしょう。教師はこれらの徳目の海におぼれないためにも、道徳的価値と自分自身の生き方との関わりをしっかり煮詰めておくことが大切ではないでしょうか。

 

◆横軸の道徳と縦軸の道徳
 学習指導要領では道徳的価値を、主として自己と他者(人・社会・自然)との空間的・水平的な関係においてとらえているように思われます。私たちと他者との関係は、家族、友人、地域社会、国、国際社会、自然環境へと広がる同心円的な関係とともに、親・祖先との生命的連続性や、伝統・文化との歴史的連続性など、時間的・垂直的な関係においても広がっています。父母・祖父母を敬愛すること、自国の伝統・文化を尊重し国を愛することなどがそれに当たります。


 私たちは自己存在の由来を知ることなくして、自分の生き方・在り方を正しく自覚することは困難です。その意味で、自己の生命的連続性や歴史的連続性の自覚を深め、生存の基盤を確認することは、生きる力の源泉です。今日、個人の自律を強調するあまり、家族との心の絆を軽視する傾向がありますが、家庭に心の居場所を見出すことのできない子供に安心や満足はありません。安心や満足を欠いては、自己存在のかけがえのなさや尊さ、そして生きる喜びを実感することは難しいでしょう。家族のあり方が多様化する今日だからこそ、子供が生きる基盤である家庭・家族、あるいはそれに代わる保護者との愛と信頼と感謝の関係を取り戻すことが道徳教育の土台となり、孝行こそもっとも基本的な道徳的価値といえるのではないでしょうか。


 同様に自国の伝統・文化との歴史的連続性の自覚を促し、日本人としてのアイデンティティを育む教育も、グローバル化する国際社会でたくましく生き抜く次の世代を育成する道徳教育の重要な使命であると信じます。学習指導要領にもうたわれているように、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図る」歴史的連続性の視点を踏まえた道徳教育は、「平和で民主的な国家および社会の形成者として公共の精神を尊び、社会および国家の発展に努め、他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人」を育成する基盤です。言い換えれば、縦軸の伝統的な国民道徳の再建を図ると共に、それを横軸の公共的な市民道徳とどう調和させていくのか、これがこれからの道徳教育の充実にとって不可欠の課題ではないかと考えます。


 縦軸の道徳的価値の教育は、さらに生命の尊さ、自然の崇高さ、人間の力を超えた存在への畏敬の念の教育へと深化していきます。私たちは他者や社会との水平的な関係と同時に、聖なるものとの垂直的関係において生き、すべての生命が大いなる超越的存在によって生かされているという気づきを深めることによって、自他の生命を愛しむ互敬の精神を培うことができるのではないでしょうか。私たちが人生の意味を深く考え、人間として生きる喜びや感謝を味わうことができるよう、道徳性の基礎となる宗教的情操を育む教育にも関心を深めていきたいものです。

 

<NO. 155 令和元年6月1日発行より>
 

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