「いただきます」と「ごちそうさま」

 

1 その背景と思い
 毎日の食事の三度三度に、どの家でも、どの教室でも、みんな言っている「戴(いただ)きます」と「御馳走様(ごちそうさま)」という言葉には、どんな意味が込められているのだろうか。誰でもが言い親しんでいる言葉だが、意外にその意味は知られていない。
 この授業によって、日本の伝統的な言語文化の素晴らしさと奥深さを理解させたい。それは、単に言語文化の理解に留まらず、日本人の根本的な食文化に対する考え方や心の持ち方にまで思いを致すことに役立つに違いない。

 

2 授業の主な進行
①「自分一人で食事をする時の挨拶について考えてみよう。どれがよいか。」
ア 誰もいないのだから、黙って静かに食べ始めるのがいい。
イ 自分だけでも「戴きます」と言う方がいい。
ウ 言いたい時には言うし、そうでなければ言わない。どっちでもいい。
 どれか一つを選んで、自分の考えに形を与えるためにア、イ、ウのどれかをノートに書かせる。
 このような発問の形式を「選択的発問」という。全員が書いたことを確認してから挙手をさせ、その人数を板書する。「どれが正しいのだろうね」と言い、正解を保留したまま次の問いに進む。子供の関心を高める手法である。

 

②「『戴きます』の『戴く』というのはどんな意味だろうか。分かる人はノートに〇を、分からない人はノートに×を書きなさい。」
 大方の子供が×を書くだろう。「自分は知らない。分からない」ということを自覚させることが大切である。そう自覚した時に「分かりたい」という意欲・関心が生まれ、高まるからだ。×を書いた子供には、「今に分かるよ。楽しみにね」と期待を持たせる。〇を書いた子供には発表させるが、その大方が「食べ始める」ことだと言うだろう。 「頭に載せる」ことも間違いとは言えない。だが、それでは浅い。「戴く」には、「頭に戴せる」「押し戴く」という意味もある。頭より高くするという動作は深い敬意や感謝を表明することである。頭に載せたり、押し戴いたりできない場合には、自分の頭を低く下げて、相手を高い位置に置く。こうして敬意や感謝を表す動作がお辞儀である。
 お辞儀は、会釈、敬礼、最敬礼と順に頭をより低くして表敬の程度の違いを表現するのである。
 「戴く」「戴きます」という言葉は、深い感謝や敬意を表す挨拶なのである。
 これらは、教師の解説によって子供に教えることである。「教える」ことによって子供は「知る」のである。教わらないことは「知らない」し、「知らない」のは「教えない」者の罪なのだ。「教える」ことは非常に大切である。

 

③「『戴きます』というのは、何を戴くのだろうか。選びなさい。」
ア 農家の人や漁師さんや食品会社の人たちの仕事や作業や労働。
イ これから食べる料理、御馳走。
ウ 食材となった動物や植物の生命。
 ノートに必ず書かせて自分の立場を明確にする。挙手によって該当数を板書する。「イ」が最も多く、「ア」、「ウ」がほぼ同数となるのが一般であろう。
 いずれも「誤答」ではない。それぞれに敬意や感謝を表し「戴く」のは良い考え方である。それをまず認め、子供たちに告げる必要がある。
 その上で、「最も深い考え方はどれか」と問うてみよう。そして、再び選ばせてその該当数を黄色チョークで記入する。それらを選んだ理由を各二、三の子供に発言させる。それらの過程で、「ア」、「イ」は、眼に見える「可視の世界」であること、「ウ」は、眼には見えない「不可視な世界」であることに気づかせていきたい。
 授業展開の過程で、そのように進行しなかった場合には、教師が教え、気づかせるようにする。子供の力では分からない、気づかないことを、教師が「教え、知らせる」のは良いことである。「最も深い」解は「ウ」である。
 我々の食事の内容、食材はすべて「元々は生命を持っていた植物か動物」なのである。それらは、人間に食されることによってかけがえのない命を奪われることになる。人間は、動植物の生命を奪うことによってのみ生きていけるのである。罪深い存在とも言えよう。

 

④「そうであるとすれば、『戴きます』という言葉は、まず、何に対して言うべきか。選んでノートに書いてみよう。」
ア 働いてくれた人々
イ 料理や御馳走
ウ 料理や御馳走になってくれた動物や植物
 この④の問いに対しては、多くの子供が「ウ」を選ぶであろう。正解である。「その通りだ」と、強く肯定しよう。ということが分かれば、①の問いの答えはどうなるのだろう。改めて、もう一度選んでノートに書かせてみよう。
 ここまでの経路が順調であれば、「イ」に集中するだろう。最初の反応との違いが生まれることを期待したい。

 

⑤「そういうことが分かったら、『戴きます』と言う時には、どんなことに気をつけることが大切か、ノートに書こう。」
と促してみよう。端的に自由記述をさせ、教師の下に持って来させるとよい。
 子供の記述の中に「頭を下げる」「手を合わせる(合掌)」などが見られたら大いに褒め、披露したい。

 

⑥「ところで、この挨拶についてはどれが正しいか。」
ア 世界のどの国でも言っているだろう。
イ 半分ぐらいの国が言っているだろう。
ウ 日本人だけが言っているだろうと思う。
 例のごとくノートに書かせ、その分布を板書した上で、正解は「ウ」だと告げる。子供はきっと驚くだろう。日本人は、「大自然の恵みに常に感謝する美徳を持った民族なのだ」と告げ、日本人としての誇りを持たせたい。

 

 紙幅の都合上「御馳走様」については、語の原義と解釈のみを記す。展開は各位の工夫に委ねたい。「馳」は乗り物で、「走」は足で「走り廻ること」だ。一膳の御飯、魚一匹、一片の肉が「食べられるまで」には、どれだけ多くの人が走り廻ってくれたことだろう。その労に感謝すべく語の前後に敬語をつけたのが「御馳走様」である。

 

<NO. 154 平成31年3月1日発行より>

Please reload

Please reload

最新記事

このWebサイト上の文書、映像、写真などの著作物の全部または一部をモラロジー研究所の了解なく複製、転用することを禁じます。
〒277-8654 千葉県柏市光ヶ丘2-1-1 TEL:04-7173-3111(代) FAX:04-7173-3113

公益財団法人 モラロジー研究所

  • b-facebook
  • Twitter Round
  • Instagram Black Round