いじめ防止を目指した対立解消技術 ~ピア・メディエーション~

 生徒にもめごとの調停の技術を教え、生徒同士のもめごとに周りにいる生徒が早期に介入し、「いじめ」に発展する前に解決する予防的取り組み

 

【深刻化するいじめ】
 文部科学省によると、平成27年度に学校で把握されたいじめは、調査開始以来最多の22万4540件に上りました。前年度と比較しても約二割増加しており、いじめが原因の自殺も過去最多の九件でした。事態はきわめて深刻化しており、いじめ問題の対策は緊急の課題なのです。

 

 ある調査によると、いじめが発生したクラスにおける生徒を被害者・加害者・傍観者に分けた場合の構成比率では、傍観者が約85%に上っています(注1)。この大多数を占める傍観者を思いやりのある仲裁者に変えることができれば、いじめ発生に対する強力な抑止力になるものと考えられます。そこで、生徒に話し合いによって対立を解決する技術(ピア・メディエーション)を教え、生徒がもめごとに介入し、当事者の合意を得ることによって、生徒同士の人間関係を修復できれば、それがいじめ防止につながるのではないかと考えました。その取り組みのあらましを紹介します。
 

【対立解消技術とは】
 「対立解消(ピア・メディエーション)」という言葉は、『仲間(ピア)』と『調停(メディエーション)』からなっています。つまり「ピア・メディエーション」とは、生徒同士がいじめやもめごとの渦中にいる当事者の話を聞き、共通点を見いだして合意を形成する行為です。

 

 そのための手順として、「くり返し」と「要約」の技術を用い、当事者それぞれの気持ちを受け止めながら、話を進展させることになります。
 

 以下に「くり返し」「要約」、そして、それを踏まえた「ロールプレイ」(注2)の展開を示します。
 

【対立解消のトレーニング】
(1)くり返し
 話し手は、最近の生活を振り返り、「楽しかったこと・うれしかったこと」について話す。聞き手は、相手の表現をくり返して言葉に出しながら聞く(くり返しはキーワードだけでもよい)。

 

(2)要約
 話し手が話した内容を、聞き手は「気持ち(感情)、考え・意見(思考・価値観)」を表す言葉に注目し、「あなたは…という気持ち(考え)なのですね」と要約する。

 

(3)ロールプレイ
 待ち合わせ時間に遅刻するなどといったトラブルを設定し、(1)、(2)の技法を使って対立の解消を行う。以下、ロールプレイの概要を例示する。

 

 A君とB君は、同じクラス(高校2年生)の仲良しグループに所属しています。二人とも小学校以来の友達です。B君は休日にグループで遊びに行く時に、待ち合わせ時間に遅刻してくることが多く、A君はそんなB君に腹が立っていました。そこで、先週の日曜日、同じグループで映画に行く時に、A君はB君に待ち合わせ時間をみんなより30分早い9時半と伝えました。ところがその日に限って、B君は待ち合わせ時間に到着しました。結局B君はみんなの待ち合わせ時間まで待つことになりました。
 

 翌日のことです。ちょっとした拍子にB君の不満が爆発し、A君とB君は教室で喧嘩になりました。その場にいた友人が喧嘩を止め、その場は納まりましたが、二人の関係は修復しきれていない状態でした。
 

 A君、B君は、お互いこの状況を何とかしたいと思っており、学校で生徒の調停者を利用したピア・メディエーション(対立解消)が開かれることになりました。
 

【トレーニングの効果】
 トレーニング後に実施したアンケートによると、「友人がいじめられていたり、対立に巻き込まれていたら、対立解消の技術を使って仲裁したいと思いますか」との問いに、74・4%が「そう思う」、25・6%が「まあまあ思う」と回答しました。さらに、「友達が対立に巻き込まれていたら、仲裁者になって仲直りするのを手伝ってあげたい」「友人のいじめを見つけたら、率先してメディエーションの技術を使って仲裁したい」「今ちょうど親とうまくいっていない。親も私も状況・行為だけを見ているからだと思う。メディエーターの立場が理解できたので、素直な気持ちを伝えることができたらいいと思った」「喧嘩やもめごとの仲裁は難しいと思っていたが、ポイントさえ押さえれば私にもできそうだと思った」などの生徒のコメントからも、トレーニングを受けた生徒は、いじめや対立の場面に遭遇したら、対立解消の技術を使いたいと考えていることが分かりました。

 

【素晴らしい効果・具体例】
 筆者とトレーニングを受けた高校生が小中学校に出向き、児童・生徒に対立解消技術を指導しました。次に高校生からその技術を学んだ児童・生徒の変容について紹介します。

 

(1)小学校のエピソード(1年生 担任)
 小学1年生の教室での出来事です。A君、B君、C君が教室を走り回っていたので、他の子が「やめてほしいから、ピア係さんと話し合いたい(このクラスではピア係を作っている)」と言い、丸くなって話し合いを始めました。初めは、三人ともどうして走り回っていたのか言えなかったのですが、ピア係さんが順番に話を聞いていくうちに、A君はB君を追い掛けたり、たたいたりしていたことが分かりました。しかし、B君はそれが嫌だと言えなかったので、A君はB君の嫌な気持ちが分からなかったそうです。[A君は自閉症スペクトラム(注3)]

 

 ピア係さんは、A君に「B君は嫌だったんだって。嫌な気持ち分かった?」と尋ね、A君は頷きました(A君は担任が指導すると、落ち込んで固まってしまいます)。さらにピア係さんは、B君に「嫌な時は、言わないと分からないよ。これから言える?」と言いました。C君は、ただ走りたくて走っていたらしいので、「一緒に外でリレーの練習をしようよ。いっぱい走れるよ」と声を掛け、C君も頷きました[C君はADHD(注4)の気質がある]。訴えてきた子にも「安心した?」と声をかけ、みんなニコニコと席に着きました。
 

 教師の指導では、このようにはいきません。ピア係の対応の素晴らしさに感動しました。
 

(2)中学校のエピソード(1年生 担任)
 出前講座の翌日、1年生のある教室で二人の生徒が些細なことで口論になりました。担任が止めに入ろうとした時、「ちょっと待って! どうしたの?」と前日の出前講座を受講した二人の生徒が止めに入りました。「今、喧嘩になってたけれど、どうしたの?」「○○君は~で怒っていたんだね」「逆に△△君は~が嫌で怒っていたんだね」と互いの事情を聞き、それぞれの言い分を伝えました。最終的には、お互い納得し、謝罪して口論は収まりました。

 

 講座を受けた二人が高校生の見本を見よう見まねで行い、見事に喧嘩の仲裁をやってのけたのでした。「どっちが悪いわけではなく、こうやってお互い言えれば良かったね」と級友に話をする彼らの姿を見て、対立解消技術の効果と重要性を感じました。
 

【事後対策より予防的取組】
 平成25年に成立した、いじめ防止対策推進法15条2項には「(略)いじめの防止に資する活動で(中略)児童等が自主的に行うものに対する支援(中略)必要な措置を講ずる」とあります。対立解消技術を活用して、生徒がいじめを他人事ではなく、自分たちの問題としてとらえ介入し、いじめを予防することが期待されています。しかし各校のいじめ防止対策を見る限り、生徒が自主的に介入する予防的な取り組みは少なく、教師の事後対策を示しているものが多いようです。いじめ防止対策法施行以後もいじめは減っておらず、かえって増えているのが現状です。本取り組み(ピア・メディエーション)によって、いじめ件数が減少したという報告はありませんが、前述の「友人がいじめられていたり、対立に巻き込まれていたら、対立解消の技術を使って仲裁したいと思いますか」との問いに、ほぼ100%の生徒が肯定的な解答をしています。生徒がいじめや対立に巻き込まれている生徒に対して、介入する姿勢が育ったことが読み取れます。また、出前授業で高校生から指導を受けた小中学生が、学んだ技術を活用しうまく人間関係を修復して、もめごとを解決している例も多く見られます。

 

 いじめ加害者は、いじめの事実に基づき処罰され、被害者は様々なケアを受けます。しかし、最終的にはいじめ被害者と加害者は同じ教室に戻ります。いじめとは、生徒同士の関係性が深刻に壊れている状況です。加害者に罰を与えることによって、両者の人間関係が修復され、同じ教室で安心して生活できるようになるのかといえば、それは疑問です。
 

 これに対して、生徒が、もめごとを話し合いによって合意を取り付け、いじめに至る前に、生徒同士の人間関係を修復する対立解消の技術を学べば、いじめそのものが発生せず、いじめの防止につながるものと考えます。

 

注1、( Bonds and Stoker (2000)「Bully Proofing Your School」 )
注2、現実の場面を想定して、それぞれの役割を演じ、疑似体験を通じて実際に起こったときに対応する学習方法の一つ。
注3、対人関係が苦手の強い拘りといった特徴を持つ発達障害の一つ。
注4、注意欠陥・多動性障害と言われる発達障害の一つ。

 

<NO. 148 平成29年8月1日発行より>

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