私を運命づけた先生との出会い

2017/03/01

【学校のちょっといい話】

 

○給食での思い出
 私は、3月生まれでわがままでした。野菜が苦手で全く食べられませんでした。ところが、小学3年生の頃には、全部食べられるようになりました。

 

 担任の先生は、「わかめを食べると髪の毛が黒くてきれいになるのよ」「人参を食べると体が丈夫になって風邪をひかなくなるのよ」という具合に、いつも食品の栄養について話してくれました。先生は決して無理強いせず、嫌いな物も少しずつ少しずつ食べ慣れさせてくれるのです。
 

 ある日転校してきたNちゃんは、ミルク(脱脂粉乳)が嫌いで泣いていました。先生は毎日ひと匙ずつだけ増やして、最後に全部飲めるようになったので、みんな喜んで拍手しました。Nちゃんも嬉しそうでした。
 

 母が手作りした給食マットを広げることも楽しみでした。これは先生から親たちへの指導です。月曜から金曜まで5枚で、白木綿生地に曜日(漢字一文字)と簡単な絵(コッペパン、湯気の出たカップなど)が刺繍してあるものです。放課後、学校に親が集まり、刺繍が得意な先輩親が新米に作り方を教えてくれました。先生のおかげで親同士が仲良くなり、母も先生や他の親御さんから親業を学ぶことができたのです。

 

○Y君と先生
 Y君は、心臓と腎臓が弱く、青白い顔をしていました。全身がむくんで運動することができず、体育はいつも見学していました。遠足の時も、みんなのように沢山歩くことができません。小柄でやせた先生が、太って大きなY君を背負って、小川の浅瀬を渡っていた時、Y君は体をつっぱっていました。その方が軽くなると思っていたのでしょう。

 

 ある日、みんなは校庭で遊んでいました。先生が手を頭上で回したら、「教室に入りなさい」という合図です。それを見て、私たちは一斉に走って、サーっと教室に入りました。先生がまだ窓から外を見ているので私たちも外を眺めたら、Y君が腕を大きく振りながら、喘ぎ喘ぎ歩いていました。彼は精一杯走っているつもりでした。でも、一人、遅れていたのです。
 

 よく見ると、Y君のすぐ後ろに、本当は足の速いA君が歩いていました。Y君のまねをして、体を前後に大きくゆすりながら、両腕をゆっくり振りながら、わざとノロノロ歩いていました。その格好はY君そっくりでおかしく、みんな思わず笑いました。A君は益々おどけて真似をしました。Y君は止まらず、必死に戻ってきます。よく見ると声を出さずに泣いていました。「しまった」と思って先生を見ると、物凄く怖い顔をして外をにらんでいました。Y君が教室に入ると、先生は抱きしめました。目に涙をためたまま、「みんな、Y君は一生懸命走って戻って来たのよ。わかる?」と語りかけました。わたしたちは、とんでもない事をしてしまったのだと初めて気づきました。
 

 みんなこの先生が大好きでした。私にとっても母にとっても、先生は「学校のお母さん」でした。欠点だらけの私が教師になって困難な状況になったとき、「先生だったら、どうするかしら」と考えてきたのです。

<NO. 146 平成29年3月1日発行より>

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