人物教材の活かし方 ―東郷平八郎大将の場合―

1、軍人教材の活用ポイント
 敗戦に至るまでは、最優秀の人材は多く軍人を目指した。陸士・海兵と言えば最難関の学校で、そこを出た者は軍人エリートとして日本国のために身命を惜しまず尽くした。

 

 職業軍人は常に死を覚悟して日々を送らねばならない特異な職業である。妻や一族となる者にもその覚悟がなくてはならない。
 

 国家を守り、国家を発展させていく上で軍人の存在は極めて大きい。その故にこそ世界で軍隊を持たない国はないし、軍人を尊敬し、軍人を厚遇しない国はない。
 

 だが、日本は敗戦によって軍隊を持てなくなり、憲法にそれを記したために軍人を偉人として教えることが何となくタブーとなり、全ての教科書から消されることになって久しい。今の子供、若者、そして壮年の者さえも日本を守った武将や軍人を知る者は少ない。これは残念なことであり、正しいことではない。国家の危機を救った武将や軍人を偉人として教えることは極めて大切なことだ。
 

 ただし、その扱いが好戦的、侵略的、他国蔑視というような方向に傾くのは誤りだ。あくまでも国家の危機を救うという大義に立った活躍、生き方、人間性を学ばせる方向が肝要である。

 

2、日露戦争の意義
 詳細にそれを述べる紙幅がないので、ごく概略を述べるにとどめたい。

 

 日露戦争の最大の意義は、日本が露国の侵略を阻止したことである。もし敗北していたら、今の日本は絶対に存在しない。欧米白人国家は非白人国を劣等視し、次々に非白人国を植民地にしていた時代に、日本が彼らに決して劣らぬ民族であることを知らしめるには、白人国家を打ち破って見せる以外に道はなかったのだ。
 

 だが、日本のこの義挙は、当時の世界から見ると狂気の沙汰としか思えなかった。勝てる訳がない、と誰もが考えていた。ところが、日本は陸海軍ともに連戦連勝した。陸軍の乃木大将、海軍の東郷大将の二大名将がそれを為しとげたのである。「これは世界が目撃した最大の驚嘆事だ。かのトラファルガー沖海戦ですらこれに匹敵するものではない。私自身それを信ずることができなかった。(中略)私はその日の丸一日を訪問客とともに日本海海戦について語り合って過ごしてしまった。この海戦が日本帝国の運命を決したと確信したからである」と、日本の勝利に度肝を抜かれた米大統領ルーズベルトは述べている。いかに日本の勝利が世界を驚かせたかの一端を知るエピソードである。
 

 「アジア人も至艱至難の事業にあたっては白人種に比して優劣なきことが、実に今回の戦争に徴して初めて証拠だてられた」と、これは英海戦史家ファルソンの言葉である。
 

 空前絶後のこの偉業は、東郷平八郎大将の指揮によって成ったのである。これを後世に語り伝えないのは現代の教育者として大きな罪であろう。

 

3、東郷平八郎閣下の人柄
 さて、戦闘の壮絶さや作戦と決断の武勇を語る史料は数多くあるのだが、ここではあえてそれらには触れず、東郷平八郎という軍人の偉大な人柄について述べたい。なお、「教わらないことは知らない」のは当然である。だから「教えるべきこと」をまず教師が学び、専ら教師の「語り」による授業のあり方を重視したい。「考える道徳」「議論する道徳」の前に、「教える道徳」「知らせる道徳」を実践すべきだと私は強く考えている。

 

(1) ロシアの閣下を見舞う
 2日間にわたるロシアのバルチック艦隊との激戦は日本海海戦と呼ばれている。ロシアの巨大なバルチック艦隊の司令官ロジェストウェンスキー中将は、この海戦で重傷を負い、捕虜として佐世保の海軍病院に収容入院させられていた。

 

 海戦を終えて佐世保に帰還した東郷平八郎司令長官は、さっそく敵将ロジェストウェンスキー長官の病床を見舞い、握手をして次のように述べたそうである。
 

 「はるばるロシアの遠い所から回航して来られましたのに、武運閣下に利あらず、御勇戦の甲斐もなく非常なる重傷を負われ、今日ここでお会い致しまして、衷心御同情を表する次第であります。吾ら武人は、もとより祖国のために生命を賭けますが、勿論私怨などではあり得ません。願わくは十二分に御療養になりまして、一日も速やかに御全癒になることを祈ります。何か御要望の次第がありましたならば、御遠慮なく申し出て下さい。できるだけの便宜を図りましょう」
 

 真心のこもった東郷の言葉に強く心を打たれた長官は、目に涙を浮かべて応えた。心からの感謝の言葉を述べた後に続けて、「祖国のために最善をつくしたこととて私の心中には一点も疾しいところはございません。ことに、敵の主将が閣下のような稀代の名将であることに考え及びますと、残念のうちにもまた若干自らを慰むるに足るものがあります」と述べた。
 

 この名将両人の言葉について、『東郷平八郎』(展転社刊)の著者、岡田幹彦氏は「勝敗は戦う者の常であり、今日勝者ともなれば明日敗者ともなる。勝者は潔く立派に戦って敗れた者を決して恥ずかしめてはならず、敗者にいたわりの心を持たねばならない」と述べている。両名将の言とともに深く深くうなずくところである。

 

(2) 勝って兜の緒を締めよ
 明治38(1905)年12月20日、東郷大将を司令長官とする連合艦隊は解散する。その解散式における部下に向けた東郷の「告別の言葉」の一節を引用してみよう。

 

 「武力なるものは、艦船兵器等のみにあらずして、これを活用する無形の実力にあり、(中略)惟うに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由りその責務に軽重あるの理なし。事あれば武力を発揮し、事なければこれを修養し、終始一貫その本分を尽くさんのみ。(中略)いやしくも武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるもあたかも砂上の楼閣の如く暴風一過たちまち崩倒するに至らん。まことに戒むべきなり。(中略)神明は唯平素の鍛錬に力め戦わずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安んずる者より直ちにこれを奪う。古人曰く、〈勝って兜の緒を締めよ〉と。(以下略)」
 

 この最後の訓戒の章句は特に有名で一時期広く称されるようになった由である。引用は告別の式辞の一部分のみだが、東郷の腹の底からの信念を知るに足るであろう。
 

 米国の当時の大統領ルーズベルトはこの訓示の内容はそのまま米陸海軍軍人にとって必須不可欠のものとし、その全文を翻訳して米国全軍に与えた由である。東郷の告別の言葉は、単なる一場の挨拶ではなく、日本海軍ならびに軍人が本来いかにあるべきかを示す根本的指針であったと言い得よう。
 

 これらをどのように子供らに伝えるか、語るべきか、それが実践者の大きな課題である。

<NO. 146 平成29年3月1日発行より>

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