自国への誇りと愛と忠誠  ―「軍人」をどう伝えるか―

1、恩恵に気づかせる教育
 モラロジーでは「恩人の系列」としての「伝統」を尊重する。その恩人の系列には次のものがある。

 

(1) 家の伝統(家族と祖先の恩)
(2) 国の伝統(国家、社会の恩)
(3) 精神伝統(先人の学問の恩)
(4) 準伝統 (学校や職場の恩)

 

 我々は、これらの「伝統」に守られ、教えられて今日がある。これらの様々な恩恵に守られ育てられて今日がある。
 

 従って当然のことながら、これらの大恩に気づき感謝し、それらの恩に報いて国家社会を発展させていかなければならない。それを意に介せず、恩恵に気づかぬ者は「忘恩の徒」と呼ばれて軽んじられる。当然のことである。
 

 だが、今の世の中の風潮は、自分の権利ばかりを主張して、恵み与えて下さる恩恵に気づかぬばかりか、恩恵を「権利」と捉え、「当然」のこととして受けとめる傾向にある。「権利」の拡張は、必ずや「争い」を生むことになる。現今の世相がそれらを暗示している。
 

 伝統の大恩に気づき感謝の自覚をした時に、人はようやく「幸福」を実感することができる。「感謝」のないところに「幸福」は決して訪れはすまい。我々は有形無形の夥しい恩恵に包まれて今の幸福を享受していることを知るべきだ。
 

 それらは決して忘れてはならないし、また教え伝えていかなければならないことだ。

 

2、消された偉人、恩人
 戦前、戦中を通じて尊敬されていた偉人の中で、戦後はすっかりその影をひそめてしまった「恩人の系列」つまり「伝統」が三つある、と私は、考えている。

 

 一つ目は「軍人」である。
 二つ目は「武将」である。
 三つ目は「皇室」である。

 

 戦前、戦中の教科書では、この三つに属する偉人が我々国民のまさに「恩人」として尊崇されていた。それは極めて重要なことだ。
 

 この三つは、終戦、敗戦と同時にすっかり顧みられることはなく記憶の外側に追いやられてしまった感がある。


 育鵬社のヒット出版『13歳からの道徳教科書』『はじめての道徳教科書』、2冊合わせて、568ページの大冊になるが、このやや保守的で伝統尊重の書物にさえ、軍人は3人、武将は2人しかいない。皇室に関する教材は2編である。同社刊『学校で学びたい日本の偉人』の中にも軍人、武将、皇室は一人も登場していない。これでよいのだろうか、というのが私の疑問である。

 

3、軍人への尊敬・畏敬
 軍人、という場合、それは一般の兵士、兵隊とは異なる。軍人というときの概念は「職業軍人」を指す。自ら進んで生涯を軍人として国のために尽くそうと志し、職業軍人を養成する専門の学校で極めて高度の学術的素養を身につけたエリートである。軍人を養成する陸軍士官学校、海軍兵学校は帝国大学に勝るとも劣らぬエリートが受験する超難関学校であった。

 

 略称はそれぞれ、陸士、海兵であり、ここには全国のトップクラスのエリートが集まった。「祖国防衛」「祖国発展」のために「命を賭けて戦う」のが軍人である。自らの命を賭ける職業はこの他にはない。ひとたび戦いに敗れれば国家及び国民に甚大な損失を招くという、極めて責任の重い職業であるから超エリートでなければその重責を全うすることはできない。
 

 日露戦争は、有色人種が西欧の白人に挑んだ世界で初めての戦争である。一週間で勝敗が決するだろうといわれ、世界の誰もがロシアの勝利を信じて疑わなかった。
 

 もし、その通りになっていたら、今の日本の繁栄は絶対になかったと断言できるだろう。乃木希典大将がいなかったら、日本は負けただろうし、もし東郷平八郎元帥がいなかったら、日本は敗れたに違いない。乃木、東郷の二大軍人は、日本を救った日本国民共通の大恩人であるが、今、学校でそれらは全く教えられてはいない。
 

 第二次世界大戦で日本は初めて敗戦の苦難を身に染みて味わい、平和の大切さを改めて深く認識した。その結果、日本の国家を守るために命を賭けたすぐれた「軍人」については、それが「戦争を推進した」という偏見から教育の世界からは消されてしまうという扱いを受けて久しい。平和の大切さを認識することはいい。だが「平和ぼけ」は許されないし、命を賭けて日本国を守ってくれた軍人や兵隊の恩を忘れることも決して許されてはならない。

 

4、軍人を扱うポイント
 戦前、戦中にあっての軍人の美談は、多くその軍人の「勇敢さ」や「赫々たる戦果」にスポットを当て、子供らに勇猛心や「命を惜しまない教育」が強くなされたきらいがある。当時として当然の方向とも言えようが、それでは「好戦的な」気分ばかりを育てかねない。それは、私が軍人を題材にした教材開発を推奨する思いとはほど遠い。私の思いはそれとは別である。

 

 以下に、軍人を道徳教材として扱う時のポイントを述べてみたい。
 

(1)大義のために戦う
 軍人の最大の任務は、日本国を護るということにある。戦争というのは、外国によって自国の安全が脅かされる不安をはねのけることであり、自国の国民の生活、生命を守るということである。自分という個人の名誉や利得や欲望に発する行動ではない。そこが尊いのである。
 

 ちなみに、大義とは「人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対して臣民のなすべき道」と広辞苑に説かれている。
 

(2)そのために命を賭ける
 自分にとって最も大切なものは何か、と子供に問うてみるとよい。「それは自分の命だ」とほとんどの子供が答えるだろう。それは誤りではない。

 

 だが、もしも「軍人」がそれを第一に考えたら「戦争」の結果はどうなるか。それは必ずしも勝利を約束することにはなるまい。自分の命よりも国家の命運を第一に考えるのでなければ「軍人」としては失格である。
 

 軍人にとっては「自分の命よりも国家や国民の安全と平和が優先される」のだ。そこが他の偉人とは一線を画する重大な分岐点である。
 

(3)高い教養、豊かな人間性
 昔の軍人の職位で、少将、中将、大将、元帥は「閣下」と呼ばれた。高位にある高官を言うが、その地位にまで昇りつめるには、大変な逸材でなければ不可能である。そういう大人物なればこそ、一国の命運を決する重責を預けることができるのである。それは、単に「勇猛」というだけでは到底務まるものではない。ちなみに「閣下」とは、「高殿の下」の意。高殿は立派な御殿である。
 

 沈着冷静な胆力、緻密精妙な思考力、的確不動の判断力、広範かつ明晰な知識、学識、そして何よりも人間としての高潔、高邁、温健な人格が必要になる。
 

 閣下と呼ばれ、一国の勝敗を左右する立場にあるそのことだけでも、どんなに心労の大きい重圧であろうか。凡俗の想像を絶する世界である。
 

(4)子供の道徳性を培う扱い
 立派な軍人の中には、書や詩文、名言、ふとした言動、エピソード、あるいは信条、信念などに非常にすぐれたものを残している例がたくさんある。それらの中から子供の人生に益するものを選んで紹介するためのいろいろ工夫・開発の余地がたくさん残されている。それらをぜひ具現したいものだ。

<NO. 145 平成28年12月1日発行より>

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