「考え、議論する道徳」への「質的転換」

道徳科に求められる「質的転換」

 「特別の教科 道徳」(以下、道徳科と略)の設置が決定され、その具体的な制度設計が大詰めを迎えている。なかでも注目されるのが、道徳授業の指導法の改善である。

 

 2015(平成27)年8月、中央教育審議会が示した次期学習指導要領のための「論点整理」は、「考え、議論する道徳」への「質的転換」を強調した。

 

 「論点整理」は、従来の授業が読み物教材の登場人物の心情理解のみに偏り、「あなたならどのように考え、行動・実践するか」を子供たちに真正面から問うことを避けてきたと指摘した。

 

 そして、こうした心情理解のみに偏る授業から脱却し、「問題解決的な学習や体験的な学習などを通じて、自分ならどのように行動・実践するかを考えさせ、自分とは異なる意見と向かい合い議論する中で、道徳的価値について多面的・多角的に学び、実践へと結び付け、更に習慣化していく指導へと転換することこそ道徳の特別教科化の大きな目的である」と述べた。

 

 また、「義務教育諸学校教科用図書検定基準」には、「問題解決的な学習や道徳的行為に関する体験的な学習について適切な配慮がなされていること」が特記された。道徳科には、本来の道徳教育の役割を実質化することに加え、特に指導法における「質的転換」が強く求められたといえる。

 

●なぜ、「質的転換」が必要なのか

 これからの時代を生きる子供たちには、様々な価値観や言語、文化を背景とする人々と相互に尊重し合いながら生きていくことがこれまで以上に求められる。その際に必要なのは、将来の社会を構成する主体となる子供たちが高い倫理価値を持ちながら、人としての生き方や在り方について、多様な価値観の存在を認識しつつ、自ら考え、他者と対話し協働しながら、より良い方向を模索し続けようとする資質・能力である。

 

 その意味で「論点整理」が、「確かな学力」「健やかな体」「豊かな心」を単独で捉えるのではなく、「何を知っているか、何ができるか(個別の知識・技能)」、「知っていること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」といった資質・能力を総合的に捉えていることは重要である。

 

 次期学習指導要領のめざす方向性は、道徳科についても例外ではない。生徒一人一人が生きる上で出会う様々な道徳上の問題や課題を多面的・多角的に考え、主体的に判断し、実行し、よりよく生きていくための資質・能力を養う学習である「問題解決的な学習」や「体験的な学習」が特に重視されるのはこのためである。

 ただし、このことは、従来の読み物教材の登場人物の心情を考える方法を否定しているわけではない。登場人物の心情と自分との関わりを多面的・多角的に考えることを通して、道徳的価値の自覚を深めることは、今後の道徳授業においても決して軽視されるべきではない。 道徳科の「質的転換」において否定されたのは、登場人物の心情を単に「読解」させるだけに終始した、いわば「読み取り道徳」である。端的にいえば、道徳科がめざすものは、この「読み取り道徳」から「考え、議論する道徳」への「質的転換」である。

 

●多様な指導方法を選択する

 文部科学省に設置された「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」は、今後の道徳授業の「質の高い多様な指導法の例」として、「読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習」「問題解決的な学習」「道徳的行為に関する体験的な学習」の三つを例示した。

 

 「読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習」は、「教材の登場人物の心情と自分との関わりについて、多面的・多角的 に考えることを通し、道徳的価値の自覚を深めることについて効果的な指導方法」である。この学習では、「登場人物に自分を投影して、その判断や心情を考えることにより、道徳的価値の理解を深めること」が期待される。

 

 また、「問題解決的な学習」は、児童生徒一人一人が生きる上で出会う様々な道徳的諸価値に関わる問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養うことをめざすものといえる。

 

 この指導法は、具体的な問題場面において、児童生徒自身の考えの根拠を問う発問や、問題場面を実際の自分に当てはめて考えてみることを促す発問、問題場面における道徳的価値の意味を考えさせる発問をすることによって、価値を実現するための道徳的な思考力を培うことに特徴がある。

 

 「問題解決的な学習」は、「生徒一人一人が生きる上で出会う様々な道徳上の問題や課題を多面的・多角的に考え、主体的に判断し、実行し、よりよく生きていくための資質・能力を養う学習」(『中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』)を意味しており、「考え、議論する」道徳科への「質的転換」を実現するための中心的な指導法といえる。

 

 さらに、「道徳的行為に関する体験的な学習」は、役割演技などの体験的な学習を通して、実際の問題場面を実感的に理解することを通して、様々な問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養うことに有効な指導法と位置づけている。

 

 もちろん、道徳科の授業が、以上の三つの指導法に限定されるわけではない。大切なのは、授業を行う教員が、学習指導要領の改訂の趣旨を踏まえた上で、学校の実態、児童生徒の実態を合わせた指導法を選択したり、または改良や組み合わせを行うことで、適切な指導方法を選択、実践することである。

 

●「考え、議論する道徳」を議論する

 道徳科の設置が、戦後の道徳教育の大きな転換点となることは間違いない。しかし、道徳科のあり方には議論すべき課題も残されている。

 

 なかでも深刻と思えるのは、教育関係者の間に「考え、議論する道徳」の具体的な方法を安易に求めようとする姿勢が少なからず見受けられることである。そもそも、「考え、議論する道徳」のあり方を「考えず」、「議論せず」にテクニカルな答を導き出そうとするのは明らかな矛盾といえる。

 

 「自ら考え、他者と対話し協働しながら、より良い方向を模索し続けるために必要な資質・能力」は、何より「教える側」にこそ切実に求められるはずである。私たちに求められているのは、より良い社会を築いていくための道徳教育のあり方を粘り強く考え、真摯に議論し続けようとする「覚悟」であり、そのための「意識改革」である。

<NO. 143 平成26年6月1日発行より>

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